ワンランク上のペット葬

すてきな想い出をいつまでも。永遠の安らぎを祈りながら大切なペットのご葬儀・火葬を心を込めて執り行います。

思い出文集

たまちゃんとの出会いそして別れ

谷真弓様

今から十六年前、知人の家から帰る途中お寺の門前を通り過ぎる時に「ミャーミャー」と子猫の鳴き声が聞こえた。
すぐさま降りて確認すると雄猫で、まだ目の焦点もあっていない生れたばかりのペルシャとトラの雑種猫であり、このままでは死んでしまうと家に連れて帰った。

次の日から子育てが始まった。
哺乳瓶を買ってきてミルクを作り飲ませ、日中家を空けて仕事をしているので、毎日、今日は生きているのだろうか?
今日は生きているだろうか?
と心配の日々が続いた。
それからすくすくと育ち十年の歳月が流れ、ある日の事たまちゃんがぐったりしていた。
慌てて病院に連れて行くと「尿路結石」。
採血でも腎機能を測定すると機能もかなり低下していて一日入院して透析を行った。
家に帰ってから抗生剤を飲ますのに悪戦苦闘の日々で、主人の手はキズが絶えませんでした。

三回位尿路結石を繰り返し病院通いの日々。
たまちゃんは、病院でも大人しく、獣医さんも治療し易いと褒めてくださってました。
そして十五年の健診に行った時に、別に悪いところはなかったにもかかわらず獣医さんに、「いつお別れの時がきてもおかしくはありません。心の準備をしておいてください」と言われた。

それから数ヶ月、まさかこんなに早くお別れの日がくるなんて!
丁度お正月だったので、行きつけの病院に電話もつながらず、仕方なしによその病院へ行くこととなった。
風邪をこじらせ胸膜炎でかなり悪い状態だった。
最後まで家でみとろうか?
無駄でも治療しようか?
かなり迷ったが、でもできる限りの治療をしてもらおうと決心した。
ほんの二日ほどの治療でしたが。
お見舞いに行った時、「たまちゃん」と声をかけると「ミャー」と鳴きながら私達の方に動けないはずなのに寄ってこようとした姿、それが生前のたまちゃんの最後の姿でした。
いまも忘れません。
その夜中病院からの電話でたまちゃんの死を伝えられた。

お迎えに行くと、きちんと棺に入れていただいてあり、苦しんだ表情ではなく安らかな表情でした。
ペットピアのパンフレットをいただき、ペットピアでお葬式、初七日、四十九日、一周忌と法要を行い、納骨堂で大切に供養していただいてます。

私達も週一回お花を持ってのお参りはかかしません。
たまちゃんにとって、ペットピアは第二の故郷です。
これからもずっと供養していきます。

我が子同様に可愛かったたまちゃん、天国からいつまでも私達を見守ってくださいね。

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